イノダコーヒ オリジナルグッズ 第一弾

京都のコーヒー文化をつくってきた「イノダコーヒ」(創業1940)。
その名前表記は“コーヒー”ではなく“コーヒ”が正しい。
三条堺町の本店には超常連でないと座ることができない“5番テーブル”があったり、三条支店にはドーナツ型の円形カウンターがあり、スタッフがコーヒーを淹れたりサンドウィッチを作る様子をライブで見ることができたり(昔はその理由で値段も100円高かったようです)と、京都の喫茶文化の中でも独自の発展を遂げている老舗。
CHIMASKIのデザイナーの酒井は三条支店の円形カウンターに10年以上通っている。このカウンター越しにスタッフの方と会話するようになり、このオリジナルグッズのデザインプロジェクトが始まった。酒井は依頼されたと言っていたが、実際はこちらから「グッズのデザインさせていただけませんか」と打診したそうだ(イノダコーヒスタッフ・談)。笑
具体的にグッズをデザインする前に半年以上、様々な視点からのリサーチを試みた。

・コーヒー文化の発祥地欧米の「老舗」の歴史と現在の取り組み事例の調査。
・京都の喫茶/カフェのグッズの事例の調査。
・SNSにおいて、若年層がイノダコーヒを知る可能性の調査。
・イノダコーヒへのQ&A調査。など、多岐に及ぶ。

この結果、10-20年後のイノダコーヒの顧客になりうる20-30代を主なターゲットとしたデザインの必要性を感じ、様々なラフアイデアをプレゼンテーションした。
それを受けて、イノダコーヒは女性3名少数精鋭のプロジェクトチームを社内に発足させた。以後、このチームと共同で更に半年かけて、アイデアとデザインのディテールを吟味していくことになった。この女性3名チーム(「かしまし娘」と命名)は過去に製作されたグッズのデザインプロセスに疑問を持っていて(それはどこで誰がなんのために作ったのかが不明確で。スタッフに対する説明もあったりなかったり)、今回はそのプロセスを見直したいという意見だった。
全社員を対象としたグッズに関する調査(既存のグッズ、これからのグッズ)など、実際にお店に立って日々お客さんと接する機会のある社員の意見を吸い上げようとした。その結果、既存のアイテムに関する正直な感想や売りやすさ/にくさ、どのようなものが顧客に求められているかなど正直で熱い情報を集めることができ、それらはこのプロジェクトに大きな影響を与えているだけでなく、私たちやかしまし娘を勇気づけることにもなった。
しかし、私たちはこれから作るモノのディテールや配色に関して、社員一人ひとりの意見を大事にしようとは思わない。それはだいたい、それぞれの意見であり、多数派が正しいとも限らない。
最終的に売れた/売れなかった、効果があった/なかったの責任はデザイナーにあると考えると、最終的に決定するのはデザイナーであるべきではないかと思う。「それあの社員さんの意見を採用したので…」などというような言い訳はしたくない。とはいえ、このかしまし娘のプロセスは社員を置いてけぼりにしない(社内インクルージョン)という点においても素晴らしい効果があるだろう。
全社員に対して小さくても、少しだけでも接点を作ることで「私も関わった」感を持ってもらうことができるし、またグッズについて考えることは、どんなお店でありたいか、を考えることになる。もっと言うと「イノダコーヒとは?」についても考える機会にも。

第一弾としては、以下が発売。
・ポストカード24種
・ステッカー8種
・モーニングカップ(マグカップ)

イノダコーヒの創業者、猪田七郎さんが絵描きであり、「赤ポットマーク」など現在も生き生きと息づくデザインを多数残していて(感動するほどかっこいい)、基本的にそれらをきちんと認知してもらうべくデザインした。
ポストカードに関しては、共同でデザインを行ったKYOTO T5から参加した学生のイラストなども、かしまし娘に採用していただくことができて、かなりバリエーションに富んだ面々となった。
今も悔しいなと思っていることは、“ポット、ロバのピンブローチ”が、かしまし娘たちにボツにされたことだ。
かしまし娘は強情、非情で強敵であった。イノダコーヒ愛が強い。イノダコーヒはこんなに愛されて幸せな会社だなとうらやましく思う。それはまたお客さんが育てたとも言えるのだろう。
しかし愛は時として、必要なものを見えなくする。今回はピンブローチやタンブラーを見えなくした。盲目な愛しいかしまし娘はジュンコ、エミ、チエコの3名。

協力: KYOTO T5(京都伝統文化イノベーション研究センター)

(第二弾へ続く)
第二弾には手ぬぐい、エコバッグ

©2024 CHIMASKI design All rights reserved